ビットモカシン、ビットローファー、どちらで呼んでも良いのだろうけど、今週店頭に入荷した
「NEEDLES」のものはビットモカシンと呼ぶ方がしっくりくる。オイルドレザーの1枚仕立てで
アメリカの匂いがぷんぷん。こういうオーセンティックな靴は、なぜか見ていて飽きない。

ビットモカシンを見ると、思い出すのが映画「クレイマー、クレイマー」。ここで言うクレイマーというのは、クレームをするヤツという意味ではなく人の名前。マンハッタンの平凡なクレイマー夫妻 (ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープ) の間にできた埋められない溝、そこに訪れる離婚という現実とともに父親の中で深まっていく子供への愛情を描いた素晴しいヒューマンドラマ。
79年の映画だから初めて見たのは当然まだ子供の頃で、グレーな大人の世界を垣間見て、ただ憂鬱になった。大人になって映画のプロットや複雑な心情が理解できるようになると、だんだんと自分にとって特別な映画の一つになり、印象的なシーンで登場するセントラルパークやアップタウンの街並みなどが自分の中での忘れられないマンハッタンのイメージになった。
ダスティン・ホフマン扮するテッドが映画の中で頻繁に履いていたのがビット。大人の男って感じが何だかかっこ良くて、自分がビットを履くときも気分はテッド。ひとり孤独な男の気分で悦に入ったり。

原題が「Kramer vs. Kramer」であるのを随分あとになって知った。ストーリー的に離婚裁判で戦う夫婦の姿を意図したものだろうけど、邦題も "クレイマー 対 クレイマー" とかだったら観た全く印象もずいぶん違ったと思う。確かに邦題の「クレイマー、クレイマー」って、よく考えたらすごい意味不明なタイトル。なのに疑問も無く観てて、そういうものになってしまうのだから面白い。そして今ではクレイマーっていう言葉が、違う意味で浸透してしまっているから余計ややこしい。


テッドのM65ジャケットが印象に残ってる人も多いと思う。

息子ビリーが劇中本当に愛らしいのだけど大人の事情に巻き込まれ苦悩する姿が切なすぎてやられる。何といっても忘れられないシーンは、テッドとビリーがフレンチトーストを作るシーン。思えばフレンチトーストの存在自体、この映画で知ったのかもしれない。

当然、さっそくビットを履いてフレンチトーストを食べに行きたい気分だったのだけどブラウンとブラックどちらのビットを買うかで決めかねた。結局決めきれず店を出て青山茶館へ。フレンチトーストを注文するも、なんとフレンチトーストはもうやってないとの返事。確かに今時注文する人もいないか。やってそうな喫茶店を頭に浮かべながら、ひとりコーヒーを啜るのだった。