「日頃サンマばっかり食べて生活を節約してですね、アラスカへ来て一生の思い出になるような魚を釣りなさい。これは一回投資しただけで何千万回と甦って利息が付く。精神に利息が付く。『ナース・ログ』になれる。」開高健『河は眠らない』(文藝春秋、2009)
「ナース・ログ」とは、森に倒れっぱなしになっている風倒木のこと。一見、無駄な物のように見えて実は大変な価値がある。風倒木には苔が生え、森に湿度を与える。そこに微生物が繁殖して土を豊かにし、虫も寄せて食物連鎖を繋げる。そして、それが巡りめぐって河を豊かにしている。つまり、森の看護婦の役割をしているという意味から「ナース・ログ」と呼ばれている。
アラスカでのキングサーモン釣りは、開高健にとって「ナース・ログ」となった。心のなかで風倒木となり、それが精神を豊かにした。
うちの会社にも、お金と休みを溜めて北海道へ釣りにでかけている若手(?)男子たちがいる。彼らもまた「ナース・ログ」を求め、旅に出ているのだと思う。どうせなら心に強く刻まれるようなターゲットをものにしたい、その想いは男子として至極当然。国内ながら、世界中からアウトドアマンが集まる北海道は、精神に利息を付けるチャンスが大いにある。その自然も魚もスケールが違う。是非多くの人に体感して欲しい。
開高先生は、こんなことも言っている。
「人間にとって『ナース・ログ』とは何でしょうか。無駄なように見えるけれども実は大変に貴重なものというものも人間にはたくさんあるんじゃないか。それぞれの人にとっての『ナース・ログ』とは何か。無駄を恐れてはいけないし、無駄を軽蔑してはいけない。」(同上)
人によって様々な「ナース・ログ」の形がある。
実は普段身につける服についても、同じようなことが言える。
世の中には安くて気の利いたデザインの服が溢れている。普通に考えれば、何万円もするジャケットやパンツを買うことは、無駄なように思われても仕方ない。しかし、買ったことが思い出になるような服がある。着る度に買った時のテンションが甦り、着ているあいだずっと良い気分をまとえるような服。愛着と思い出が着る毎に増して、自分だけの特別な一着になるような服。「ナース・ログ」になるような服。できることなら、いつもそんな服を着ていたい。

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