Interview with KEIZO SHIMIZU
Text by AKIO HASEGAWA
Illustration by NAIJEL GRAPH
Photography by TOKURO AOYAGI
第一回:
アローモカシンと僕。
●  登場人物
1. 長谷川昭雄
1975年生まれ。
フリーランス スタイリスト・ファッションエディター。
20歳の時に喜多尾祥之氏に師事。その後、『POPEYE』にて
ライター修行の後、スタイリストとして独立。『MONOCLE』
(英) には創刊から携わり、そのファッションページの基礎を構築。
現在、ポパイ ファションディレクター。


2. 清水慶三
1958年生まれ。
ネペンテス代表。好きな色は紫、エンジ。ナイキやリーボックの
スニーカーを日本で最初にアパレル業界に展開したのは清水
さん。学生時代は野球とテニスとラグビーをやっていたとかで、
スポーツへの造詣も深い。根っからの巨人ファン。


3. 青柳徳郎
1970年生まれ。
ネペンテス クリエイティブディレクター。
趣味は植物の飼育とブラジリアン柔術。店で扱っている植物の
バイイングも務め、ニューヨーク赴任時代から本格的に身に
つけた柔術は黒帯。たまに指導もしている。
これは最初に清水さんが見つけて取引を始め、ファッション業界に広めた一足。実は僕がスタイリストをはじめたいと思ったきっかけにもなった代物。いつ見ても惚れ惚れする靴だ。当時17歳のぼくは雑誌「POPEYE」に載っていたコレを見て、その無骨な姿に完全にやられたのだった。見たことのないこのフォルム。まるで使い込んだ野球のグローブのようなオイルの匂いと存在感。そのすべてが神秘的。当時のポパイを探し出して改めて見てみると、<アローモカシン>は何足かの靴と共にその一部が写っているだけ。当時の僕には高価過ぎる代物だったけど、心を掴んで放さない、憧れの存在だったのだ。
●  アローモカシンを始めるきっかけ。
長谷川(以下H): こうして改めて見ると、型数がたくさんあるんですね。僕も、このグラディエーターって言うんですかね、ダブルリングのハイカットと、ミドルカットのタイプを持ってます。
清水さん(以下S):ミドルカットのは、 一番<アローモカシン>らしいやつだね。
H: 最初はどうゆうきっかけではじまったんですか?
S: こういうモカシンは、60年代のヒッピーからレザークラフトみたいなのをやる人が出てきたんだ。で、「ホールーアースカタログ」にこの手のイングリッシュクロームレザーモカシンがちょっと出てたんだよね。 ニューイングランド地方には元々モカシン屋が多いんだけど、そこにこの手の靴をつくる人が結構いたと思うんだ、その時代はね。でもまあ、どんどんそういうところも少なくなってきてたから、前の会社(ユニオン スクエア社)の時に、この一番ベーシックな1Wっていうモデルを元にして、キャンプモックソール付けて、もうちょっと何ていうか、ちゃんと町で履けるモカシンぽい感じの物を作ってたんだよね。
これが『ホールアースカタログ』。徳郎さんが、アメリカの古本マーケットで少しづつ買い集めたもの。まだ少しなら、お店にはあるかも。。。 これが、1w。イギリスで鞣した、スイスの水牛の革で作られている。
中はこんな感じ。このダブルソールドブーツってやつが、話に出てきているブーツ。製法の解説図も上にチラリ。 名作 "ボストン"。つま先が隠れるのがいい。と、僕は思う。
●  ボストンの靴屋で。。
H: あ、これワンダブリューって言うんですか。
S: 品番だと思うけど。
H: へー、それはこの会社の品番ですか?
S: そうそう。作ってる人たちの品番。で、その後、ネペンテス始めたでしょ。それで、80年代、正確には89年に(鈴木)大器がちょうどボストンに行ってすぐの頃、 ボストンにバーケンストックを割と揃えてる店があったの。俺はバーケンストックのボストンがすごく好きだったんだけど、日本ではその頃は人気ないからまったく無かったんだよ。で、 もっと色々欲しくてイエローページで探してたら、たくさん揃えてる店が二、 三軒あってさ。そのうちの一軒はレザークラフト屋だったの。レザーのバックからベルトから革ジャンも作ってたのかな。
H: で、バーケンストックが色々並んでるなかに、そこが作ってたこの靴があったんですか?
S: いや、靴はそこでは作ってなくて。そこは靴屋さんていうか、レザークラフト屋さん。そこにこれが置いてあったんだよね。で、大器がその靴のことを聞いたら、そこの店の人がいい人で、作っているところを教えてくれたわけ。 それがこの<アローモカシン>っていうところで。 マサチューセッツにあるんだけど、調べたらボストンから小一時間くらい離れたところにあるって分かってね。だけど、俺は、その次の日帰らないといけなかったから、後日、大器が行ってきたの。
●  なんと、日本人が!
S: で、行ったら、トタンのプレハブみたいな平屋の工場でさ(笑)。働いてる人も二人くらいしかいなくてさ。
で、そこには、ロンていうおじいさんがいて、その人が基本的に全部作っていたんだよね。(このロンさんが初代社長)。それで、大器が日本から来たって知ったら、ロンがちょっと待ってって言うの。そしたら、出てきたのが日本人の奥さんだったの(笑)。
H: えーーー!?
S: チズコさんていう、千葉出身の。ようは戦争でロンも日本に来てて日本で知り合って、そのまんまアメリカ行っちゃったの。
H: あーそうなんすか。
このおじさんがロンさん! デニーロではない。 様々な木型と未完成のモカシンが並ぶアトリエ。
アトリエには様々な木型がとモカシンが並ぶ。 タンクトップ男性は、ロンさんの息子さん。型紙を起こしている? チズコさん想像図 by ハセガワ
H: じゃあ本当に戦争終わってすぐの時に、ロンさんは日本にいたんですか?
S: そうそうそう。米軍のベースにいたんだよね。で、まあそういうので何となく始まったんだけど、俺もすぐにまた行ったわけ。チズコさんは小柄だけど活発な方で、明るくて。それでなんかどんどん始まっていったんだよね。ただ、なんせその時代だから、まだなかなか連絡のとりようが無かったりとかしてね。 その頃FAXが出始めで、アメリカでも1000ドル位したんだよなー、確か。でも、それを買ってさ(笑)。アローモカシンに置いて、それでやりとりしてたんだよ。で、チズコさんが、ファックスのやりとりを日本語で返してくれるんだけど、普通、カタカナだとモカシンって書くじゃない? でも、チズコさんは、マカスィンって返してくるの(笑)。
H: カタカナでマカスィン(笑)!
S: 日本でなんて呼ばれているかとか知らないから、英語発音のまま書いてたんだよね(笑)。でも、チズコさんがいたからロンも凄く良くしてくれて。それでまあ、色々ずっとやってきたんだけど。
最初はアローモカシンって名前も伏せてたんだよね。でも、似たような靴を他で同じように作らせたりするとこもでてきたりね。
H: へーーーー。
S: そうゆうことからも、他と差別化したいっていうのもあって。で、実は、このローカットと、このハイカットのグラディエーターはね、元々俺が絵を描いて送ったんだよね、FAXで。
これがグラディエーター。太めのパンツの裾をワザとブーツに引っ掛けたり、逆足は裾をブーツに被せて、ラフに履くのが僕は好き。
H: へーーーーー。なんでこれをこうしたいと思ったんですか?
S: やっぱこの1W(ミドルカット)のダブルリングは凄いかっこいいなと思って。あとローカットと、もっとハイカットと3種類くらいやりたいなって思ったんだよね。で、5W (TWO EYE TIE MOC) にダブルリングを付けたやつと、1Wをそのままハイカットにして、ダブルリングのストラップを2本付けたやつの絵を描いてFAXしたの。そしたら、次に行った時にはもうそのサンプルを作ってくれてた。ロンは凄いわかる人なんだよね。
●  清水さんが描いたイラスト画から。。。
H: 清水さんの頭の中で、こうゆう感じにしたいっていうのを形にしたもので、昔からこうゆうものがあったわけではないんですね?
S: うん。そうだね。1Wのダブルリングブーツは他のとこもやってたと思うのだけど。でもまあ、ハイカットのダブルストラップの方も、結構色んなところがその後やり始めてね。 あの憧れのデザイナーも作ってたからね(笑)。
徳郎さん(T): 自分たちが憧れてたデザイナーのランウェイショーの写真を見てたら、グラディエーターと同じデザインの靴を履いたモデルが写ってて、あれは感激したよ。 彼らはあのデザインが元々アメリカにあったものって認識してたと思うんだけど。
S: まあ俺も色々見てるけど、未だかつて、ハイカットのダブルリングは見たことないから、多分元々は無かったんだと思う。
H: へーーーーー。
T: ま、ダブルリングにする必要は(実用面で言えば)ないからさ。
H: そうですよね、ヒモで縛る方が実用的なんですかね。このミドルカットのチャッカタイプのモカシンで、ダブルリングってゆうものは色んなところで、あるにはあったんですか?
S: この形は一番ポピュラーって言ったら何なんだけど、代表的だね。
H: 革は、イングリッシュ クロームレザーっていうんですよね?
S: そう、これはスイスの水牛をイギリスで鞣 (なめ)しているの。
H: スイスの水牛をイギリスで鞣しているんですか!!!
S: やっぱりなんていうか、一番丈夫っていうか。
H: 寒いから強いんですかね?!
S: どうなんだろうね。でも、革には凄いこだわるんだよね、彼らは。
削ったりして細くしたり、薄くしたり。
T: クロームレザーは凄いオイルが染み込ませてあるから、
それが防水になって、傷もつきにくいんだよね。
H: それをアメリカに輸入しているんですか?
S: この手のモカシンを作ってた人はやっぱこの革を輸入して使ってたと思う。
H: アローモカシンはマサチューセッツにあるんですか?
S: そうだね。モカシンを作るところは、ニューイングランド地方のマサチューセッツとか、メインとか、ニューハンプシャーとか、コネチカットとか、あの辺りに集中してたから。まあオールデンもそうだよね。

清水さんが再現して描いてくれた、当時の絵型。う、うまい!
H: あ、そうなんですね。イギリスとかの移民とかが多かったりするんですか?
S: やっぱりニューイングランドって言われてるくらいだからヨーロッパから入ってきた人が多いと思うんだよね。
H: そういう人達がイギリスの革を使ったのが始まりですかね?
S: そこは、そういうあれでもないと思うよ。
T: 元々ネイティブアメリカンのこういうモカシンを、ヒッピーの人が見て真似て作り始めて、そこにデザインを入れてみたいな流れだったんだと思う。
S: もとはネイティブのモカシンとかがベースになってると思う。北の寒い地方の部族が履いてたマクラックとか。
H: 今は、ロンさんの息子さんが作っているんですね。彼はハーフジャパニーズということですか?
S: そうだね。 大器と同じ歳くらいだったかな。
H: そうなんですね。じゃあ、ロンさんは当時おいくつだったんすか?
S: おれが30位だったからね、24、5年前。ロンは多分60才手前くらいだったのかなーー。
H: ロンさんは独学で靴を始めたんですかね?
S: あの頃、レザークラフトとかやってる人は多分独学だと思うんだよね。でも、基本的なベースがあったんだと思う。みんな同じのを作るからね。人によっては、ネイティブの昔の資料とかで研究したりとかしたんだろうね、その中でもロンが一番アーティスト的な人だったんだと思う。
ローカット。夏になったら履こうと思う。 足首を包み込む部分は薄く削って履きやすく仕上げている。
一枚革だからこそのシビれる内側。 分厚い革をさらにもう一枚重ねてできているダブルソール。これがここのクッショニングシステム。ドライビングシューズとしても最適。厚くなった二枚の革を縫い上げるには熟練の技術が必要なのである。
H: 凄いですよね、このデザイン。物としての存在感が違いますよね。
T: 一枚革を曲げて作ってるからね。
S: モカシンって、一枚革で作るっていうことなんだよ。
H: これはこういう内側があって、この外側を守るために一枚くっつけてるんですか?
S: それがダブルソールだね。ソールは2枚重ねてあって結構丈夫。実際行ってみると、トラッカーで履いてる人が多いのよ。ドライビングシューズとして。トラックを運転するのに、凄く良いんだってよ。だからトラッカーは何度もソールの修理に持って来るわけ。アウトソールが破れたとかって。ここはシングルのソールもやってんだけど、 基本的にはやっぱダブルじゃなきゃね。 でも、 日本で履くときに、 最初はやっぱ嫌がる人もいてね。それでソールを付けられないかって話も出るんだけど、 ロンは絶対に付けてくれなかったね。 これにソールなんか付けたら、正直あんまかっこいいもんじゃないよね。
H: この剥き出しの感じがいいですよね。いい意味で時代錯誤みたいな感じで。凄い憧れました高校生の頃。僕、これを初めて見たのは当時の「POPEYE」 なんです。喜多尾さんがこれをスタイリングしてたんですよ。
S: 喜多尾、これ好きだったもんね、確かに(笑)。
T: 喜多尾さんは、こういう靴とか、ああいう靴(サウス2ウェスト8のマックラックを指して)とかも、気に入って履いてくれてましたよね(笑)。
H: そうなんですよ。なんかちょっと変わった靴が。だから(山本)康一郎さんも言われました、お前らはほんと、こうゆう変な靴好きだよなーみたいなことを(笑)。で、僕はそのページでスタイリストになって、ファッションの仕事がしたいって思ったんですよ。
S: へー、面白いね。
H:凄い好きで、本当に手に取りたいと思うと言うか。履くのも好きなんですけど見てるだけでも、いいなって思う靴なんですよね。
S: へー。 実はね、 もう一人60代くらいの人で、 いい靴職人さんがいるんだけどね。 その人の靴は値段的にもっと高い靴で、 頼まれた分しか作らないようなタイプの人で。 そこのはそこので、かなりカッコ良い。サンプルを取っただけで、それはネペンテスではやってないんだけどね。
H: まぁ、やっぱり作る人によって全然違うものなんですね。
S: そうだね。ハンドの靴は余計にそうかもね。力の加減で全然変わってきちゃうからね。
H: いや、しかし、匂いがもうたまんないですよね、少年野球を思い出すとゆーか。
S: そうだね、グローブだよね。でもグローブレザーとは言わないんだよな。グローブレザーって言うのはちゃんとあるしね。
H: いつごろロンさんから息子さんに変わったんですか?
S: 15年?12、3年位前かな?
H: 俺のはどっちが作ったんだろう。でも、まあこれは本当にネペンテスって感じします。いい靴ですよねー。これ見ちゃうと、他のモカシン買えないですよね。
S: そうだね。買えないよね。
T: ある意味、MOMAのデザインストアにあってもおかしくないと思う。
H: その手間と完成度の割には安いですよね。
この後、これだけ情報が発達した今の時代、同じようなものを日本でも作れるのではないだろうか?いや、日本人だと上手すぎてしまうだろうという話にもなる一方で、ハンドソーイングの繊細な部分はオールデンでも女性がやっていたという話も出たりしながら、アローモカシンはロンさんの時代も今の息子さんになってからも、基本は一人でやっていて、困ったら誰かに手伝ってもらっている程度の生産量。希少であり、その手作りによる暖かさは今も変わらないままなのだ。


終わり。



次回は、第2回「清水さんとハソーンとホワイツ。」です。

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