ある雑誌の撮影で、トランスジェンダーのモデルをキャスティングすることになった。
身体的性別は男、精神的性別は女、という子だ。
情報としてそういう個性を持ったモデルが来日する、
というのは知っていたのだけれど、
何よりコンポジットの写真が素敵だったのでオーディションに来てもらうことにした。
やって来た何人かのモデルの中で彼女はとりわけ美しく、
静かで高貴な空気を漂わせていて、
一目会ってすぐに仕事をお願いすると決めた。
これまでにも何人か素晴らしい仕事をするモデルに出会ったけれど、
彼女の感性は素晴らしかった。
具体的な言葉にしないで表現の目的についてお互いに通じ合えることはそう多くない。
創造性においては性別や国籍や年齢、きっとその他のことだって、
とらわれること、ないなと改めて思う。
最近では男らしさ、女らしさ、を超えて
人としての個性や才能、キャラクターが自然に認められる場所がどんどん広がってきているし、
ジェンダーフリーについて発信する大手メディアも増えてきているけれど、
ひとときの流行りで終らないように、と願うばかり。
息子たちにはそうじや洗濯、食事の作り方も教えたい。
それって誰かにやってもらうのが当たり前のことじゃないし、
生きるために必要だから。
大きくなって、もし彼氏を連れてきたって母は驚かない。
きっと素敵な子なんだろう。
ジェンダーの話もそうだし、政治とか、性善説、性悪説、ときに子育てにおいてさえ、
それって理想論だよね、とか言われることもある。
でも、理想は目的にもなる。
目的になれば実現も不可能じゃない。
想像力は偉大。

久しぶりの更新になりますが、ご報告があります。
早いもので長男が4月から小学生になり、
彼にはまだ大きすぎるランドセルに隠れて、
ほとんど見えない後ろ姿を見送る日がもうすぐそこです。
私の生活も少しばかり変化しそうな予感がしています。
そんなこともあり、これまで徒然と綴ってきたコラムですが、
今回をもって終りにさせていただこうと思います。
青柳さんはじめ、ネペンテスのみなさん、私にこのような場所をいただけたこと、
私の不定期更新を静かに見守ってくださったこと、
そしておとずれ読んでくださった方々に、
心よりの感謝を。
ありがとうございました。